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誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

我が身を削る鉛筆

木という天然物を使う文房具 手書きの際に使用頻度が高いのは鉛筆だ。『手書き』の記事でも少し書いたが、そもそもは昔使っていた鉛筆を見つけ、捨てるのも忍びないので、日常の中で使っていこうと思い立ったことが、現在も鉛筆をかなりの頻度で使うきっかけ…

文具のカテゴリーをつくりました

新たに『文具』のカテゴリーを作成しました。わたしが文具(文房具)について、なんやらかんやら書いた記事です。実はこれらの文具についての記事は、1年ほど前からこのブログにupすることを前提として、手書きで書き綴っていたものです。ところが個人的にい…

終着点としての駅、出発地としての駅:『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』感想

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という長いタイトルは、この本の内容を表したもので、この本は主人公、多崎つくるの巡礼を描いたもの。

400字詰原稿用紙を使うということ

400字詰原稿用紙を使う 400字詰原稿用紙を大人になって使う人は、今どきどれほどいるのだろう。今、文章作成といえば、ほとんどがパソコンで作成するから、余程のことがなければ原稿用紙を使うことはない。じゃあ、「余程のこと」とは、どんなことなのかと尋…

あとでいつでも簡単に読み返すことができる日記を書く

わたしの日記についての話。これでおおかたの話は終わりです。 しかし日記について、話すことがたくさんあるね。

日誌に近い日記の話

わたしの日記についての続き。 今回は、その日記に書いている内容について、ちょっと深入りして、ここに書いておきたい(そんな需要など、あまりないと思うけども、ひとつの記録として)。自分の日記につけている内容は、大きく2つにわかれる。

日記をつけて1年が経過した

実は昨年の正月から日記をつけはじめている。 だから今は、わたしが日記をつけはじめて1年と3ヶ月が経過したことになる。手元の辞書(岩波国語辞典)によれば、「日記」とは「毎日の出来事や感想などを書いた記録、日誌」とある。 「日記」の説明の中に「日…

すべての藤子・F・不二雄ファンに読まれるべき本〜ドラえもんルーム編『藤子・F・不二雄の発想術』小学館新書

本書は、藤子・F・不二雄先生自身が書いたエッセイや、新聞・雑誌のインタビュー記事などがまとめられたものである。本書は『発想術』というタイトルが付けられているが、実際は『発想術』にとどまらない、藤子・F・不二雄先生の肉声を集めた本と言えるだろ…

辞書への敬意と愛情に満ちた物語〜三浦しをん『舟を編む』光文社

本書は出版社の辞書編集部に勤める主人公を中心に、新しい国語辞典が編まれてゆくまでの過程に関わる人々の思いを描き出す物語である。ひと口に辞書ができるまでと言っても、本書の中では十数年、あるいは数十年の年月が流れる。わたしたちが普段使う辞書は…

辞書という楽しみ〜増井元『辞書の仕事』岩波新書

本書を読んだ後では、辞書を引くことがより楽しく豊かなものになること間違いなしと言っても過言ではないだろう。辞書を使う目的は、言葉の意味や使い方を調べることだ。 しかし本書を読んだ後は、そのような実用的な使い方にとどまらず、辞書そのものを読む…

本は自分仕様にカスタマイズすればいいと思う

よく言われることだが、読書の魅力のひとつに、時代も国も立場も、そしてものの見方も考え方も異なる人々の世界を疑似体験することができる、ということが挙げられる。自分自身の経験や想像力は、ひどく限られたごく狭い範囲のものでしかない。自分が体験で…

どうせ読書するのなら、少しでも楽しく読書をしたい

小さい頃から読書は好きで、今も習慣というか日常生活の一部として読書を続けている。なぜ読書をするのか? と問われれば、「単に読書が楽しいからだ」、としか答えようがない。当たり前だが、「楽しいから習慣として続いている」ということだ。では、なぜ読…

手書きで書く機会を増やしているという話

最近、手書きで文字や文章を書く機会を意識的につくっている。そもそも手書きの機会を増やすきっかけになったのは、1年数ヶ月ほど前に、部屋の掃除をした際、子どもの頃に使っていた鉛筆が、ある程度まとまって出てきたことによる。 それで、これらの鉛筆を…