誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

「トランプ王国」はどこへ向かっていくのか/金成隆一『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリアを行く』岩波新書

「トランプ王国」はどこへ向かっていくのか/金成隆一『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリアを行く』岩波新書:目次

陸続きの日本人たちとトランプ支持者たち

2016年のアメリカ合衆国大統領選挙では、共和党から立候補したドナルド・トランプ氏が事前のおおかたの予想を覆して当選した。トランプ氏の選挙戦中の言動には、さまざまな疑問符がつけられていた。人種差別、女性差別的な言動をはじめ、メキシコとの国境沿いに壁を建設するという訴えなど、彼の政策の実現可能性にも疑わしさが指摘されていた。けれども、最終的にトランプ氏がアメリカ大統領に選出されることになった。

本書では、なぜアメリカの人々がトランプ氏を支持したのか、特に、いわゆる「ラストベルト」に住む人々の生の声を拾い上げている。本書を読むと、トランプ氏はこの「ラストベルト」を中心とした地域に住む人々の声を拾い上げて、大統領の座を射止めたのだということがわかる。

2016年のアメリカ大統領選挙で特徴的なことは、前回の共和党候補が敗北して、今回トランプ氏が勝利した州が6つあり、そのうち5州が「ラストベルト」と呼ばれる地域であったという点が、本書では指摘されている。この「ラストベルト」とは、「従来型の製鉄業や製造業が栄え、ブルーカラー労働者たちがまっとうな給料を稼ぎ、分厚いミドルクラス(中流階級)を形成していたエリア」(本書pⅲ)であり、「重厚長大産業の集積地で「オールド・エコノミー」の現場」(本書pⅲ)である。

筆者はこの「ラストベルト」を歩き、主にトランプ氏の支持者たちに会って話を聞き続ける。筆者が話を聞きたいと告げると、トランプ氏支持者たちはみな、自分の話を聞いてほしいと訴え、自分の置かれた状況を語るのだ。ユーモアに包んだ語り、悲痛な語り、過去を懐かしむ語り、現状への怒りと将来への不安の語り。

本書に登場するトランプ氏の支持者たちは、みな気さくで親切でいい人ばかりだということに、わたしたちはすぐに気づく。そんなトランプの支持者の多くを、筆者は「明日の暮らしや子どもの将来を心配する、勤勉なアメリカ人」(本書pⅱ)と位置付ける。本書で描かれているトランプ支持者の姿は、わたしたち日本人の姿と重なるものも多いことに気づくのだ。本書を読むと、わたしたち日本人とトランプ支持者たちとは、実は「陸続き」だという発見がある。

本書の「はじめに」の締めくくりで、著者は訴える。「ラストベルトの人々の悩みは、日本の人々の悩みと陸続きに見えた。グローバル化する世界での、先進国のミドルクラスという意味で共通点がある。トランプ大統領を誕生させた支持者たちは、決して私たちに理解できない他人ではない」(本書pⅳ)と。わたしも同感だ。ここに描かれているものは、アメリカの主に「ラストベルト」の風景だが、それは現在の、あるいは将来の日本の風景でもあると言えるのかもしれない。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安

本書の第1章から第4章までは、筆者が訪れた「ラストベルト」に住む、トランプ支持者たちの語りに耳を傾ける部分だ。そこでトランプ支持者たちが訴える内容は、3つの点に要約される。

一点目は「ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安」、二点目は「反エスタブリッシュ」、三点目は「不法移民への反感」。この中では特に、一点目の「ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安」が、トランプ支持者たちの中に広がっていることが大きいことに気づく。真面目に働いても豊かになれない現状への苛立ちと、このままでは貧困層に滑り落ちてしまうとの不安が、トランプ支持者たちに広がっていることを本書では浮き彫りにするのだ。

真面目に働いているのに、ミドルクラスから滑り落ちている。そのような「ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安」が、本書に登場する「ラストベルト」に住む、かつてはトランプ支持者の間に、大きく渦巻いている。その大きな不安が人々の怒りや不満の根底にあることを、わたしたちは本書を通じて、繰り返し目の当たりにするのだ。

ミドルクラスの人々の描いた人生設計は次のようなものだ。出自に関係なく、真面目に働き、節約して暮らせば、親の世代よりも豊かな暮らしが手に入る。高卒の何のスキルのない若者でも、石炭産業や製鉄業に従事すれば、そこそこの金を稼ぐことができ、生活も豊かになり、子どもを育ててゆく……。

けれども、1990年代の北米自由貿易協定NAFTA)の発効により自由貿易の時代がやってくると、「ラストベルト」の石炭産業や製鉄業、そして製造業は縮小を余儀なくされる。石炭産業も製造業も縮小し、「ラストベルト」に住むミドルクラスの人々は職を失ってゆく。人々は職を外国に「奪われた」ことで、かつて描いたミドルクラスの豊かな生活は望めなくなってしまう……。

このような「ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安」が、「反エスタブリッシュ」的な不満や「不法移民への反感」を生み出してゆく。

単純だった世界は取り戻せない

共和党から予備選挙に出馬したテッド・クルーズ氏の妻は投資銀行ゴールドマン・サックスの元幹部であり、同社は民主党から出馬したヒラリー・クリントン氏に3回の講演料として計67万5000ドルを払ってきたと、ラストベルトの住民が語る部分がある。つまり、ここでは政党は関係なく、大企業の金持ちが政治家へ金で影響を与えようとすることに対しての反発が、「反エスタブリッシュ」の感覚となって、人々の間に広まっていることを本書では明らかにするのだ。

「ラストベルト」の人々は、みな現状に不満を抱き、そんな現状をもたらしたのは共和党民主党エスタブリッシュだという認識を抱いている。だから、共和党民主党といった政党に関係なく、この政治家はエスタブリッシュの側にいるという認識が広がってしまうと、もはや挽回はできなくなってしまう状況が生まれていることを、筆者は浮き彫りにする。

また、労働者から集めたお金を不法移民や働けるのに働かない人々へ配っているとの反発が生まれていることも明らかにする。多くのミドルクラスの人々は、自分たちの収入が落ち、以前のような豊かな生活に戻れないと気付いたとき、公平にお金を配分してくれとの不満を募らせているのだ。

だからこそ、トランプ氏が選挙期間中に訴えたように、メキシコとの国境沿いに壁を建設して、不法移民のアメリカへの流入を止めるという訴えに、「ラストベルト」に住む人々が魅かれたことも理解できる。

ここまでをまとめると、「ラストベルト」に住むトランプ氏支持者たちの中では、次のような認識を抱いていることがわかる。自由貿易体制を見直し、貿易赤字を減らすために中国や日本からの輸入品に高い関税をかけて海外製品のアメリカへの流入を食い止め、メキシコとの国境沿いに壁を築いて不法移民のアメリカへの流入を食い止めれば、かつてのような豊かな暮らしを取り戻せる、と。

わたしは個人的に、「ラストベルト」に住むトランプ支持者たちが、このような単純な図式で世界のあり方をとらえていることが気になった。この問題がこう解決すれば、状況はすべて良い方向へ回り出し、自分たちはかつての豊かな生活を取り戻せる。「ラストベルト」に住むトランプ支持者たちは、そう信じている。

もちろん、かつての世界は、そのように単純だったのかもしれないが、もはやそんな単純な世界を取り戻しようがない。この部分を読んでいると、そんな思いが胸に浮かぶ。「ラストベルト」に住むトランプ支持者たちの望むような変化が起こらないと知ったとき、その失望や怒りがどこへ向けられるのか、とても気になるところだ。

最貧困地域と人種差別

第5章では、「アパラチアの貧困」と呼ばれた、アメリカでも最貧地域の人々の声を拾っている。街の水道設備はひどく古く、改修されていないために、役場から飲み水は10分以上沸騰させて飲むようにとの警告が毎週出るような地域だという。ある高校教師は、勤め先の高校の80%の生徒の家庭が社会福祉で暮らしていると語るほどの街である。

そんな街の人々は、第4章までの「ラストベルト」の人々の訴えと、さほど変わるところのない単純な図式にのっとった話を訴える。石炭産業が復活すれば街は活気付き、人々の暮らしは豊かになると。

この章で印象的なのは人種差別の問題である。トランプ人気の理由のひとつに「潜在的な人種差別があると思う」(本書p182)との声を筆者は拾う。アパラチア地方の多くは、ニューヨークやロサンゼルスといった大都市と比べ、白人の比率が高い。白人の比率が8割9割を超えるのが普通だという。そこでは当然、アパラチア地方の白人にとって、黒人は珍しい存在になる。黒人どころか、中南米系やアジア系、イスラム系の人々となるとなおのことなのだろう。

その上で、多様性を拒否する人々からもトランプ氏が支持されたことを、ここでは指摘している。トランプ氏自身は、人種差別や女性差別、障害者差別など、自分と異なる広他人に対する差別的な発言を繰り返していた。むしろ、アメリカの多様化に違和感や拒絶感を抱く人々へのアピールとして、トランプ氏は差別的な言動を切り返していたという指摘も紹介されるほどだ。このような多様化への違和感や拒絶感が強まるアメリカが、今後どのように変化していくのか、気になるところではある。

ところで、第4章までのトランプ氏の支持者たちはそんな差別的発言にも眉をしかめ、あの発言は容認できないとさえ語る。けれども、「ラストベルト」のトランプ氏の支持者たちは、そんなトランプ氏に投票したのだ。ある意味では、差別的な発言を繰り返したトランプ氏に投票せざるを得ないほどに追い詰められ、現状に絶望しているとも言える。より、問題は根深いと感じてしまう。

サンダース支持者たちと格差の解消

2016年のアメリカ大統領選挙で、もうひとつ特徴的だったのが、民主党から出馬し、本選挙の指名争いに最後まで残ったバーニー・サンダース氏の躍進だ。第6章では、このサンダース氏を支持した人々の声も拾い上げる。そこで気づくのは、トランプ氏の支持者を同じような不安や不満を抱いている点である。

たとえば、ある溶接工に話を聞くが、自分をミドルクラスではないといい、「ミドルクラスは消滅しかかっている」と言う。なぜなら、「十分な収入を得て、子どもを育てて学校に送り出すことができないから」だというのがその理由だ。「まじめに働けば、まっとうな暮らしを送れることを望んでいるだけなのに」(この項の「」内は、すべて本書p202)。

同時にまた、ヒラリー・クリントン氏が「大物有力者の側にいる」(本書p200)との認識が、人々のあいだに広まっていることも指摘する。とにかくヒラリー・クリントンは財界の富裕層からカネ(政治献金など)を受け取ったということに対しての拒否感が強い。だから、トランプ氏を支持するという人々との心象とも重なる。ここでも、「ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安」と「反エスタブリッシュ」の感覚が渦巻いていることを明らかにするのだ。

本書では、ドイツの社会学者ヴェルナー・ゾンバルトが、20世紀初頭の著作で、アメリカの労働者たちが社会主義を支持しないのは、比較的裕福だからだと主張したことを紹介する。それから100年あまり経ったアメリカで、「ミドルクラスから貧困層へ滑る落ちる不安」を抱えた層が「社会民主主義者」のサンダースを支持した現象を、ゾンバルトだったらどう評価しただろうかと筆者は問いかける。

人々が「社会民主主義者」を自認するサンダース氏を支持したものの根底にあるものを考えると、ひとつの国や社会の中で格差が広がるのは、こういうことなのかという思いが浮かぶ。ただ、トランプ氏にしろ、サンダース氏にしろ、その訴えの根本には格差の解消(ミドルクラスの没落を防ぐために自由貿易をやめるなど)を訴えているが、その格差を解消するのも、また容易ではないだろう。

その舵取りがトランプ氏では、いささか心許ないものを感じてしまうが、既存政治の側がそれをどう受け止めようとしているのか、本書ではそこまで触れられてはいない(本書の目的ではないため)。トランプ大統領のアメリカが格差解消にどのように取り組むか、注目していくべき点だろう。

「スキルギャップ」と「雇用のミスマッチ」

本書の最後の章である第7章は、筆者が取材を通じて考えることになった、「なぜトランプが勝ったのかという疑問」と「トランプ勝利が社会に突きつけた課題」(この項の「」内は、いずれも本書p208)について、さまざまな角度から考察してゆく。

特にわたしが個人的に印象的だったのは、「スキルギャップ」の問題である。製造業の仕事に就くために必要な知識や技能が昔よりも格段に難しくなり、高卒レベルでは難しいという点だ。これはアメリカだけの問題ではなく、日本を含めた先進国抱える問題でもある。技能が高度になり、さらんは技術革新も進んでいく一方で、それについていける高度な技術者が不足しているという。

本書には、かつての石炭産業や鉄鋼業、製造業のように、良い給料の職がなくなったと嘆く人々が多く登場するが、その一方で工場経営者は、「必要な技能を持ち合わせた労働者が見つからない」と嘆いている声を紹介する。「設計図を理解し、素材の特性も区別がついて、大型の機械を1人で操作できる熟練機械工」(本書p243)を、育成できていないのではないかと、本書に登場する工場の経営者は懸念を示す。

ところで、本書には大学を卒業しても職にありつけない人々も多く登場する。たとえば、第3章に登場した男性は、州立大学を卒業して天然ガスの採掘会社に入社し、運用管理者になった。日当が最大で700ドル(約8万円)にも達したこともあったというが、国際的なエネルギー価格の下落を受けて、会社を「自主退職」した。そののち、「この8カ月間で142社に応募したというのに仕事が見つからない」(本書p100)状況にあるという。

また、「デッド・エンド・ジョブ」(成長の見込みのない仕事)に就く若者の声も、本書では取り上げている。6歳の息子を育てながら、週に5〜6日、1日8〜12時間、フェンス工場で働く若者。デザインや広告を大学で学んだが、納得できる給料の仕事はなく、2つ目の大学に入って航空管制を専攻したが、航空管制官には採用されないまま、応募できる年齢を過ぎてしまったという。

この若者の住む一帯は、かつて鉄の生産地だったが、今では世界中から鉄や鉄製品を輸入し、フェンスを作っているという。このままフェンス工場で働いても成長は見込めないと嘆くのだ。さらには、大学の学費として7万ドル(約805万円)の借金を背負ったが、すべて無駄になったと嘆く。ある意味では「雇用のミスマッチ」というべき状況も生まれているのだ(本書では「雇用のミスマッチ」という用語は使われていないが)。

このあたりの「スキルギャップ」や「雇用のミスマッチ」は、アメリカのみならず、日本をはじめとした先進諸国共通の課題だろう。このあたりのギャップやミスマッチを解消するための方策として何があるのか、あるいは各国がどのように取り組んでいるのか、本書を読んでもっと知りたいと思った点である。

もっと「トランプ王国」の多様な姿や本質を

本書は「ラストベルト」に住むミドルクラスから滑り落ちそうな危機感を覚える人々や、すでに貧困に陥っている人々の声を主に拾っている。その意味では、本書はトランプ大統領誕生の一端をのぞくことのできる、第一級のルポルタージュと言えるだろう。

ただ、トランプ氏を支持したのはこのような「ラストベルト」に住む人々の大きな支持を集めたのはたしかだが、他にもエスタブリッシュ層や人種差別主義者などの「隠れトランプ支持者」も、多数存在することが指摘されている。「ラストベルト」以外にも、トランプ支持者はたくさん存在しているのだろう。本書ではそのあたりの「隠れトランプ支持者」の声や「ラストベルト」の住人以外のトランプ支持者たちの声には触れられていない。

これらの支持者の声をさらに拾い上げると、より「トランプ王国」の多様な姿や本質が見えてくるかもしれない。あるいは、トランプ大統領就任後、「ラストベルト」に住む人々の生活はどのように変わったか、トランプ氏自身に対する見方はどのように変化したのか、その後の姿も気になるところではある。

トランプ大統領の就任から半年以上が経った。政権に入った高官が相次いで辞任し、ロシアとの結びつきが疑われ、さらには白人至上主義団体と反対派との衝突事件では人種差別を容認するかのような発言を行うなど、いまだにトランプ氏自身の大統領としての資質に疑問符がつけられる日々だ。そんな状況の中で、「トランプ王国」はどこへ向かっていくのだろう。

そのあたりの時事的なトピックを受けた人々の声を拾い上げる「続・トランプ王国」を期待したい。筆者は引き続き朝日新聞紙上で、「トランプ現象」に関する記事をいくつか書いているので、その期待もまた近いうちに叶えられるだろう。そう信じて続編を待ちたい。

参考リンク

1)岩波新書/金成隆一『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリアを行く』
https://www.iwanami.co.jp/book/b280258.html

2)ブクログ/金成隆一『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリアを行く』岩波新書
booklog.jp


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
管理人のブクログの本棚:http://booklog.jp/users/nobitter73
管理人のtwitterのアカウント:https://twitter.com/nobitter73
管理人のメールアドレス:nobitter73 [at] gmail.com
※[at]の部分を半角の@に変更して、前後のスペースを詰めてください。
『誤読と曲解の読書日記』管理人:のび
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー