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誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

ユーモアの中にある、人々の墓標を眺めるような物悲しさ/W・アーヴィング(齊藤昇訳)『ブレイスブリッジ邸』岩波文庫

ユーモアの中にある、人々の墓標を眺めるような物悲しさ/W・アーヴィング(齊藤昇訳)『ブレイスブリッジ邸』岩波文庫:目次

行間から滲み出る登場人物たちの心の機微

本書のタイトルにもなっている「ブレイスブリッジ邸」とは、この物語の舞台となった「英国ヨークシャーの人里離れた美しい一角に佇む荘園風の邸宅」(本書p14)を指す。

本書『ブレイスブリッジ邸』は、ブレイスブリッジ邸で行われる婚儀に招かれた、語り手でもあるクレヨンの目を通して、地主一家や使用人たち、村の人々、その屋敷や村で起こった出来事が、ユーモアを交えて描かれる物語だ。

語り手のクレヨンは、この屋敷に滞在しているあいだ、「間近で展開するいろんな出来事や人物を折にふれてスケッチ風に活写しよう」(本書p16)と意気込むが、これから始まる物語の内容を、何か厄介ごとや面倒な出来事が起こる気配などなく、静音で単調な内容になるだろうと予言している。

「おそらく私の書くこの本は規則正しく寝たり起きたり、あるいは食べたり飲んだりする単調な内容に終始することになるだろう」(本書p16)、「私がこの邸宅に滞在する間じゅうに、ただの一度たりとも、予期せぬ突発的な出来事が起こるとは思えないのだ」(本書p16)と。

物語はこの一家次男と婚約者の婚儀に向かっていく。そこでは当然、何も起こらないはずはない。物語を通じて、語り手クレヨンの筆致は静穏で抑制的だが、そこに描かれた出来事や人々の心の機微は、平穏でも抑制的でもない。厄介ごとや面倒ごとは立て続けに起こり、賑やさと騒々しさが物語に満ちる。

だから、わたしたち読み手は、語り手クレヨンの行間から滲み出る登場人物たちの心の機微に思いをめぐらせ、そしてまた語り手クレヨンをも含めた登場人物たちの心の動揺、隠された感情や意図を想像しながら、ページをめくることになるのだ。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

ユーモアの中に人生に対する寂寥感や諦観が顔を出す

『ブレイスブリッジ邸』の筆致はユーモアに富んでいるが、その根底には無常観とも言えるような、人生に対する寂寥感や諦観が端々に感じられるのが、ひとつの特徴だ。

たとえば、この物語の中には「絵画室」という短編がある。ブレイスブリッジ邸の中にある、一族の肖像画が飾られた一室についての短編だ。その絵画室にいくつも飾られている肖像画の中で、「約一世紀前に華やかに咲き誇ったほぼ同じ年代の四人姉妹の容姿を描いた」(本書p72)肖像画の人物たちに、語り手のクレヨンは、とくに関心を寄せる。

クレヨンは、彼女たちの「最も魅力に溢れていた頃」(本書p72)に、思いをめぐらせる。「絶世の美女たちであったに相違ない」(本書p72)四人姉妹は、邸宅の中を華やかに動き回り、邸宅を訪れる人々を魅了し、使用人たちからも愛情と尊敬の眼差しを受け、ロマンチックな恋愛沙汰を描いたことだろう、と。

けれども、華美さと優美さを振りまいた彼女たちが、「やがて年老いて死を迎え忘れ去られてしまったこと」(本書p75)、「その美貌も勝利も恋仇や崇拝者までも、すべてが跡形もなく消え去ってしまったこと」(本書p75-p76)にまでクレヨンは思いをはせ、憂愁が心を覆い、無常を感じてしまうのだ。

そのとき、絵画室に婚儀を控えた若いふたりが入ってくる。クレヨンは「やがてすべての生命や愛しさや娯楽は終焉を迎えること」(本書p77)に気づき、寂寥感に浸るのだ。

それほど洗練されていない、素朴な味わい

イギリスの地方に住む地主の家族と使用人たちを描くといえば、大ヒットドラマ『ダウントン・アビー』を連想する人もいるだろう。『ダウントン・アビー』に描かれた貴族一家の当主は伯爵の身分を有している。

一方、こちらの『ブレイスブリッジ邸』の方は、家族はあくまで「古い貴族風の豪族」とされ、「昔ながらの有閑階級の紳士淑女で、称号を有する身分ではない」(本書p14)とされている。

また時代背景も、『ダウントン・アビー』の方は第1次世界大戦を挟んだ前後の20世紀初頭を舞台に描かれるが、『ブレイスブリッジ邸』の最初の出版は1822年(ただし、本書の日本語訳で使用した版は1877年の版(本書解説より))。

つまり、『ブレイスブリッジ邸』で描かれるイギリスの地方の風景は、『ダウントン・アビー』よりも約100年ほど昔にさかのぼったものだ。だから、『ブレイスブリッジ邸』の世界は、『ダウントン・アビー』と比べると、それほど洗練されておらず、素朴な味わいがある。

しかし、その素朴さこそが、本書の大きな魅力とも言える。個性的な人物たちをユーモラスな筆致で描き、そこで起こる出来事に巻き込まれた人々の右往左往するさまを、あたたかく見つめる語り手クレヨン。彼の素朴な描写の中から滲み出る、登場人物たちの心の機微に想像をめぐらせることで、そこに生きた人々の墓標を眺めるような物悲しささえ伝わってくる。『ブレイスブリッジ邸』は、そのような物語だと言えるだろう。

参考リンク

1)岩波文庫/『ブレイスブリッジ邸』
https://www.iwanami.co.jp/book/b247482.html

2)ブクログ/『ブレイスブリッジ邸』
booklog.jp

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『誤読と曲解の読書日記』管理人:のび
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