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誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

緩慢で漸進的で迂回的であっても/渡辺将人『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』岩波新書

読書

暗澹とした気分にさせられる一冊

2016年のアメリカ大統領選挙の本選挙では、事前の大半の予想を覆し、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利した。政治経験のないトランプ氏は、既存の政治勢力から見ればアウトサイダーであり、彼の大統領としての手腕に期待と不安が渦巻いている。

そんな中で手に取ったのが、渡辺将人著『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』岩波新書だ。本書は2016年8月に刊行されたので、トランプ氏が本選挙を勝利し、次期大統領に選ばれる以前に書かれた文章になる。

この本を読んでいるうちに、トランプ氏が大統領に選ばれたのも、半ば必然的なものだったのではないかという気分にさせられる。それは主に、トランプ氏の選挙戦略が、共和党や民主党の中に存在する亀裂の間隙を縫ったものではないかと思えてくるからだ。

それだけ、アメリカ政治に存在する多種多様で複合的な亀裂−−本書ではそれを「アメリカ政治の壁」と読んでいる−−が深刻化しているのであり、その亀裂を修復、あるいは壁を克服することが、特に既存の政治勢力の側にとって相当に困難な状況にあることが理解できる。

本書はその「アメリカ政治の壁」をさまざまな角度から見ていくことによって、壁を克服するための方策を探る。しかし、本書で見ていくように、その壁の克服は相当な困難を伴うように見える。あくまでもアメリカ政治の現場の事などまったくわからない(知識として理解はできても、感覚や体験としてはまったく知らない)日本人のわたしたちからみると、暗澹とした気分にさせられるのも事実だ。
Old Glory In Distress

※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

本書の構成と「利益」と「理念」の図式について

「アメリカの「リベラル政治」には、どのような厄介な構造があるのか」(本書はじめにpvii)。本書は、この問題意識を出発点に、オバマ大統領の根源的な抵抗勢力、すなわち「リベラル政治」に焦点を当て、「アメリカ政治の壁」を描き出す。なぜ、「リベラル政治」がオバマ大統領の抵抗勢力なのか? 本書はそれを解き明かすことで「リベラル政治」の混迷の原因を探り、出口を探ろうと試みる。

『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』は、大きく4つの章から成り立つ。

Ⅰ 揺れ動くアメリカの民主政治
Ⅱ アメリカ政治の壁〈1〉−−複雑で厄介なねじれ現象
Ⅲ アメリカ政治の壁〈2〉−−誰のための「利益」か
Ⅳ リベラルの混迷と出口探しの行方


まず、「Ⅰ 揺れ動くアメリカの民主政治」では、アメリカ合衆国の政治的な意思決定の根底にある理念が、権力分散と選挙の二点にあることを確認し、「利益」と「理念」の狭間で揺れ動くアメリカ政治を、今回のアメリカ大統領選挙予備選挙の現場から描き出す。

本書を通じての考察に、政治学者の砂田一郎氏が使った「利益」と「理念」の図式を援用している。すなわち、「利益(の民主制)」とは、経済的な利益を反映した政治を訴え実行することで、主に民主党の側に見られる政治であり、「理念(の民主制)」とは、連邦政府の介入を嫌う小さな政府などの自由主義的な理念を訴え、民衆自身の階層的利益に反した投票をさせ、多数派の形成に成功するもので、主に共和党の側の政治だとする。

しかし、実際には現在のアメリカ政治では、有権者たちがきれいに「利益」と「理念」のどちらかに棲み分けている訳ではないことを強調し、以降さまざまなテーマを軸に実情を観察していく。

たとえば、第1章2項では今回のアメリカ大統領選挙予備選挙の現場、主に民主党の側の支持者や活動家の動きをひとつのルポルタージュとして描く。そして、なぜ「トランプ旋風」「サンダース旋風」が生まれたのかを、現場からのルポルタージュ的に考察する。そこからは「トランプ旋風」「サンダース旋風」が生まれたのも、ある意味では必然ではないかとさえ思えてくる現場の空気が伝わる。

同時に、民主党の側のサンダース氏とヒラリー氏の分裂を解説し、有権者の冷めた見方を紹介しているが、それを読むと、民主党のヒラリー氏が敗北したのも、やはりある意味では必然ではないかとさえ、やはり思えてくるのである。そこには「利益」と「理念」の複雑な絡み合いが見られ、その果てに分裂を生み出したからだ。

けっきょく分裂してゆくしかないのか

続く「Ⅱ アメリカ政治の壁〈1〉−−複雑で厄介なねじれ現象」と「Ⅲ アメリカ政治の壁〈2〉−−誰のための「利益」か」では、雇用と労働者、カトリック教会、外交と戦争、移民社会内部の世代交代を軸に、「利益」と「理念」が絡み合い、その果てに分裂するアメリカを眺めていく。

たとえば、アメリカの労働組合は日本での感覚とは異なった様相を見せる。日本で労働組合というと、どちらかといえばリベラル的左派的なイメージだが、アメリカではそうであるとは限らない。本書によると、アメリカの労働組合は「利益」の次元では左派ではあるが、「理念」の面でリベラルでも左派でもないという。

オバマ政権は当初、「グリーン・ニューディール」政策を掲げていた。石油の中東依存からの脱却とクリーン・エネルギーへの開発投資、産業育成と雇用創出を目的としたものだった。その実現のため、アメリカで初の排出権取引を法制化し、企業の温暖化対策ガスの排出削減を義務付けるための法案がつくられた。しかし、この法案は議会下院を通過したものの、上院では民主党議員の造反にあって廃案となった。

なぜなら、造反した民主党議員の多くは化石燃料、とりわけ石炭産業が主要な雇用を占める州から選出された議員の支持が得られなかったからだ。法案に反対したのは、石炭や石油産業関連の企業が多く、それらの企業に雇用されている有権者が多い州の議員だ。化石燃料関連産業で潤うのは共和党が地盤とするビジネス層だが、化石燃料関連産業で雇用が安定すれば、労働組合にもメリットがあるからだとする。

このような「利益」と「理念」のねじれ、あるいは横断的な関係は、カトリック教会、外交と戦争、移民社会内部の世代交代でも見られる現象だということを明らかにしてゆく。読み進めるごとに、これでは様々な立場の人々が、少しずつ歩み寄ることさえも難しいのではないか、けっきょく人々は分裂してゆくしかないのではないかとさえ思ってしまう。
Tunnnel By Mckeyhan

緩慢で漸進的で迂回的な歩み寄りを続けられるか

最後の章である「Ⅳ リベラルの混迷と出口探しの行方」では、リベラルの系譜をたどり、これからのリベラルの行方を探る。

ところで、本書の著者である渡辺将人氏は、主にアメリカ民主党陣営の内側から、いわば政治インサイダーとしてアメリカ政治を見てきた人物だ。連邦議会下院のジョン・ジャコウスキー議員事務所を経て、ヒラリー・クリントン陣営、アル・ゴア陣営で活動した経験を持つ。そのとき出会ったスタッフたちは、オバマ政権の高官となった者もいる。

まさに、渡辺将人氏は政治インサイダーとしてアメリカ政治を間近に目撃してきた人だと言えよう。それだけに、リベラル内の分断、まさに本書のサブタイトルにもある利益と理念の狭間で苦悩する現場をつぶさに観察し、問題を腑分けすることで「アメリカ政治の壁」の姿を描き出していく。

本書で明らかになるのは、「リベラル」の側が抱えている、理念と利益が複雑に絡み合い、あるいはその狭間で揺れる人々の「厄介な構造」だ。本書を見ていくと、「リベラル」の再起動のためには、相当な時間とエネルギーが必要なのではないかと暗澹とした気分になる。もっと言えば、この分裂はもはや修復や再結集は不可能なのではないかとすら思えてくる。

もちろん、リベラルの抱えている厄介な構造は、保守の側でも同様に抱えているものでもあり、リベラルの側の動向が、保守の動向にも影響を与える(逆も同じ)。

リベラルの側も保守の側も、その内部にはイデオロギーや信仰、歴史やバックグラウンドの異なる民族といった、多種多様なバックグラウンドの異なる集団を抱えている。そこには価値的な分断が存在するのだ。その価値的な分断に整合性をつけ、リベラル、あるいは保守としてまとまるには、相当な困難が存在することを本書では明らかにする。

本書を読み進めていくと、繰り返しになるが人々は、そして世界は分裂してゆくしかないのかと暗澹とした気分にさせられてゆく。社会の多様化と分裂は日本でもますます進むだろう。「利益」と「理念」の間で分裂してゆくのは、アメリカだけの問題ではないからだ。

どこにも希望はないのだろうか? いや、まったくないとは言えないだろう。人々が分裂を超えてまとまるための方策は本書でも提示されているが、まずは社会の多様化と分裂のますます進むわたしたち日本人ひとりひとりが、それでも他人とどれだけ歩み寄れるかにかかっているとしか言えない。緩慢で漸進的で迂回的であっても、時間とエネルギーをかけるしか道はなさそうである。それがまずわたしたちにできるかどうかを本書は突きつけている。

参考

1)岩波新書/『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』
http://www.iwanami.co.jp/book/b243839.html

2)ブクログ/『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』
http://booklog.jp/item/1/4004316162

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