誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

ムーミン的な世界とは異なる不穏さ/冨原眞弓=編・訳『トーベ・ヤンソン短編集』ちくま文庫

ムーミン的な世界とは異なる不穏さ/冨原眞弓=編・訳『トーベ・ヤンソン短編集』ちくま文庫:目次

睨みつけるような目つきの犬

 『ムーミン』の生みの親として知られるトーベ・ヤンソンの小説家としての一面を見せるのが本書である。本書はトーベ・ヤンソンのあまたある短編小説から選りすぐりを集めたベスト盤的な一冊。

 何度もアニメとなった『ムーミン』、わたしもアニメ作品を楽しんだひとりだ。ムーミントロールを取り巻く家族や友達とのピースフルで楽しい日常を描いた物語であるとの印象が強い。

 本書を読んでいくうちに、トーベ・ヤンソンは平和なムーミンの世界だけに止まらない奥行きを持った作家であると感じられてくる。

 本書の表紙はヤンソン自身が描いたものだ。そこには明らかに未成年と思われる少年が眉間にしわを寄せてタバコを吸い、睨みつけるような目つきの犬の姿も描かれている。

 これだけで本書はムーミン的な世界とは異なる不穏さが漂っているとわかるだろう。

※以下、ネタバレ的な要素が含まれている場合があります。

連中が放つ野生の獣の臭気

 「不穏さ」。これが本書を貫く通奏低音のひとつだ。

 たとえば、本書に収められた「森」や「猿」に描かれた、得体のしれない森や猿の描写が不穏である。

 「わたしの野生の友はもはや友でもなんでもない。連中が放つ野生の獣の臭気を感じる。いま毛皮を小屋の壁にこすりつけている……」(本書「森」p55)。

 あるいは「時間の感覚」や「聴く女」に忍び寄る、老いや痴呆症の気配もまた不穏さに満ちる。

 「ある人間がその人にとっての本質――そのもっとも美しい特性の表出――を失うとき、たいていその変貌はみるまに拡がり、ついには恐るべき速やかさでその人らしさを呑みこんでしまう」(本書「聴く女」p257)。

 本書は「不穏さ」が徐々に満ちる状況、あるいはすでに満ちた状況に対して人間がどのようにふるまうかを描く。

 たとえば、初めて訪れた街で予約したホテルの名前をすっかり忘れてしまい、タクシーに乗ったものの言葉さえも通じないという状況(本書「見知らぬ街」)で、さああなたならどうする? と問いかけるように。

「あいつら、あのよそ者たち」の影

 本書の中で「不穏さ」がもっとも充満していると言って良い作品が「ショッピング」だろう。「あのこと」が起こり、無人となった街に残された品物をショッピングしながら暮らす若い男女の物語だ。

 ここでの「ショッピング」とは「買い物」ではなく、瓦礫の散乱する荒れ果てた街の誰もいない店で品物を「頂戴(ショッピング)」する、との意味だ。

 六月初めにもかかわらず、日一日と夜明けが遅くなり暗さは増してゆく。突発的に鳴り響くサイレン、そして街にやってきた「あいつら、あのよそ者たち」の影に怯える日々を描く。

 この物語の背景にはナチスドイツのヨーロッパ掌握があるのだが、逃げ場のない重苦しさが物語の「不穏さ」に覆いかぶさる。

 本書は「不穏さ」だけが満ちているわけではない。不思議な芸術論を展開する警備員(「自然の中の芸術」)、風変わりなおじさん(「植物園」)などに見られるユーモアが本書の救いとなっている。

参考リンク

1)ちくま文庫/『トーベ・ヤンソン短編集』
www.chikumashobo.co.jp

2)ムーミン公式サイト/トーベ・ヤンソンについて
www.moomin.co.jp

  • - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

管理人のtwitterのアカウント:https://twitter.com/nobitter73
管理人のメールアドレス:nobitter73 [at] gmail.com
※[at]の部分を半角の@に変更して、前後のスペースを詰めてください。
『誤読と曲解の読書日記』管理人:のび
Amazon ほしい物リスト
https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/8GE8060YNEQV

  • - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -