嵐が来る前にいたはずの場所には、もう二度と戻ることができないことを知る物語/ジョン・ニコルズ(村上春樹訳)『卵を産めない郭公』新潮文庫(村上柴田翻訳堂)
嵐が来る前にいたはずの場所には、もう二度と戻ることができないことを知る物語/ジョン・ニコルズ(村上春樹訳)『卵を産めない郭公』新潮文庫(村上柴田翻訳堂):目次
- 嵐が来る前にいたはずの場所には、もう二度と戻ることができないことを知る物語
- 孤独を抱えたジェリーとプーキー
- ジェリーの変化が水面下で二人の関係をを変化させた
- プーキーの自己変革への行きすぎた跳躍
- 痛々しくて少し悲しい物語
- 参考リンク
ジョン・ニコルズ著村上春樹訳『卵を産めない郭公』(新潮文庫・村上柴田翻訳堂)を3分の2まで読み進めたけど、19歳の初恋の物語にキュン♡キュン♡しちゃうな。しかし、甘酸っぱさの中、どこか壊れたところのあるプーキーの言動に、破滅的な予感がひたひたと忍び寄るのを感じて切なさも抱く物語。
— のび (@nobitter73) July 10, 2017
嵐が来る前にいたはずの場所には、もう二度と戻ることができないことを知る物語
ジョン・ニコルズ(村上春樹訳)『卵を産めない郭公』新潮文庫(村上柴田翻訳堂)。
ジョン・ニコルズ『卵を産めない郭公』は、ひとまずは恋愛小説や青春小説と位置付けることができる。この物語を読みはじめると、わたしたちは主人公の青年ジェリー・ペインとともに強い嵐に巻き込まれてしまう。この物語を読んでいると終始、嵐による強い風に吹かれ、強い雨に打ち付けられているかのような感覚に陥る。
そして、この物語が終わったあと、嵐がやってくる前にいたはずのはじめの地点には、もう戻ることができないことにふと気づく。わたしたちがまわりを見回しても、もうはじめにいた場所とは違った風景が、わたしたちのまわりを取り囲んでいる。そんな見覚えのない風景の中で、わたしたちは、はじめにいた場所には永遠に戻れないことを知るのだ。
この物語で強く印象に残るのが、物語の語り手ジェリーの恋の相手となるプーキー・アダムズの壊れっぷりである。プーキーは物語のはじめから破綻したもの、壊れているものを抱えている。その破綻したものや破壊的なものが、切実にプーキーを突き動かして、ジェリーを強い嵐に巻き込んでいく。
この物語で描かれるのは、ふたりの大学生の(おそらくは人生初の)恋愛だが、この破綻したもの、破壊的なものが少しずつふたりを追い詰めてゆく過程をも描き出すのだ。
※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。
「夏の100冊」/『誤読と曲解の読書日記』2017年7月のまとめ
「夏の100冊」/『誤読と曲解の読書日記』2017年7月のまとめ:目次
- 「夏の100冊」
- おまけをとっておくこと
- 『誤読と曲解の読書日記』今月のまとめ
- 『誤読と曲解の映画日記』今月のまとめ
- 管理人からのお知らせ:九州北部豪雨への義援金など
「夏の100冊」
夏休みといえば、毎年各出版社が「夏の100冊」的なキャンペーンを行いますね。わたしが中学生や高校生のときもそういったキャンペーンが行われていて、まだ知らぬ作者の本を手に取ったものでした。
最近は、古典文学などのラインナップが減り、エンタメ系や自己啓発系などの文庫も数多くラインナップされるようになりました。時代の流れでしょうけど、夏休みだからこそ、普段は読めない古典文学を読んでほしいなあと小声で主張したいところです。
もちろん、「夏の100冊」的なものに入らなくても、エンタメ系の作品には素晴らしい作品、古典的な作品もたくさんあって、それも楽しんでほしいなあと小声で主張したいところです(2回目)。ただ、「夏の100冊」的なものに入っているエンタメ系を見てみると、最近の売れ筋商品も多く入っている気がしないわけでもないなあと、小声で主張したいところです(3回目)。
まあ、紙の本を読む人が減っているのだろうとは思うので、できるだけ手に取ってほしいと出版社が考える、(古典文学と比べれば圧倒的に)読みやすい本を並べるのは、わからなくもないんですが。
ひょっとすると、それは明日の日本の姿なのかもしれない/水島治郎『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』中公新書
ひょっとすると、それは明日の日本の姿なのかもしれない/水島治郎『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』中公新書:目次
ポリュリズムについて考えるための第一歩
水島治郎『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』中公新書。
本書は、現在、世界的に広がりつつあるポピュリズムについて俯瞰的に眺め、ポピュリズムとデモクラシーの関係や今後の行方について考えるための一冊だと言える。本書の帯に「世界を揺さぶる「熱狂」の正体」とあるが、本書はまさにポピュリズムなる「熱狂」を、「一方的に断罪せず、その本質を見極めよ」(本書の帯より)と訴える。本書は、ポリュリズムについて考えるための第一歩として手に取れる一冊だ。
本書の目的は「この現代世界で最も顕著な政治現象であるポピュリズムを正面から取り上げ、解明を試みること」と位置付け、「特に、デモクラシーが根を下ろしたはずのヨーロッパ」の「先進各国において、ポピュリズム政党が猛威を振るい」、「国の基本的な方向をも左右しつつあることを、どう考えればいいのか」との問題意識を踏まえながら、現代のポピュリズムの姿を明らかにしていく(この項の「」内はいずれも本書pⅲ)。
2016年のイギリスのEU離脱をめぐる国民投票やアメリカ大統領選挙、日本でも大阪維新の会の存在や東京の都民ファーストの会の躍進など、ポピュリズムに関連した話題を聞かない日はないと言ってもいいほどだ。しかし、ポピュリズムなるものの実態となると知っているようで知らないことも多い。
本書を読み進めていくと、うすら寒いものさえ感じる。本書で取り上げる事例は、多くがヨーロッパ諸国におけるポピュリズムであるが、西洋近代的価値観を共有する日本でもまた、似たような事例をいくつも思い浮かべてしまうからだ。
ここに描かれたのは、主に西洋近代的価値観を持つヨーロッパ諸国のポピュリズムの姿だが、これが明日の日本の姿なのかもしれないという思いは拭きれない。だからこそ、ポピュリズムとの向き合い方を考える上でも、さまざまな示唆に富む一冊でもある。
※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。
雨宿り/2017年6月のまとめ
『誤読と曲解の読書日記』/2017年6月のまとめ:目次
雨宿り
わたしの住んでいる地域はとっくに梅雨入りして、毎日のように雨が続いています。
梅雨入りした直後からは、ほとんど雨が降らなかったので、今年は空梅雨になるのかなあと思っていた矢先に、連日のように雨が降り続くようになりました。
そういえば、芥川龍之介の『羅生門』では、下人が雨宿りしてるところからはじまる話ですが、最近は雨宿りする機会はあまりないことを思い出しました。
わたしはわりと用心深いので、天気予報はこまめにチェックするタイプです。だから、天気予報が発達して、朝の天気を見ればだいたい帰るころには雨が降るなあという時には、傘を必ず持って行きます。また、天気予報のアプリを使えば、今どこにどのくらいの強さの雨が降っているという情報や、今いるこの場所に、あと何時間後に雨が降り出すかという情報を瞬時に手に入れることができますね。
だから、あらかじめ傘を用意することもできるし、雨をやり過ごすこと(広い意味では、これも雨宿りかもしれませんが)もできるのですが、うっかり傘を持たずに出かけたまま、急な激しい雨に遭遇して、これはちょっと雨宿りしてやり過ごさないといけないなあと、どこかのお店の軒先に駆け込んだとき、たまたま同じように雨宿りするために駆け込んだ素敵な人と知り合いに…...、みたいな展開は、やっぱり漫画の中だけの世界ですね。
あるいは、『羅生門』のように雨宿りしているときに、死んだ人の髪の毛を抜くような老婆に会うと、やっぱりちょっとぎょっとしますね。
それでは、『誤読と曲解の読書日記』今月のまとめをどうぞ。
わたしたちの内部にひそかに息づく物語をめぐる考察/小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫
わたしたちの内部にひそかに息づく物語をめぐる考察/小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫:目次
- 個人の内部にひそかに息づく物語をどうとらえるか
- 「ピッチャー」と「キャッチャー」
- 矛盾を抱えながら生きること
- 物語の解釈
- 参考リンク
※ここで取り上げる本は、Amazonほしい物リストから送っていただいた本です。
【速報 JUST IN】またまた、Amazonほしい物リストより本が届きました。どなた様からなのかはわかりませんので、この場を借りて、厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。なお、届いた本は小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫です。 pic.twitter.com/yvKJ8FCvum
— のび (@nobitter73) 2017年6月13日
個人の内部にひそかに息づく物語をどうとらえるか
小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫
本書は、作家の小川洋子氏と臨床心理学者で文化庁長官を務めた河合隼雄氏との対談をまとめたもの。本書は、個人の内部にひそかに息づく物語を、わたしたちはどうとらえるかということを考えてゆく内容となっている。
対談するのは、河合隼雄氏と小川洋子氏。臨床心理学者として人々の苦悩に耳を傾け、寄り添い続けてきた河合隼雄氏が、言わば他人の個人的な物語を引き出してきた方だとすれば、小川洋子氏は作家として個人の内部にひそかに息づく物語を小説というかたちにして紡ぎ出してきた方だと言えるだろう。
本書は小川氏が河合氏に疑問や質問をぶつけ、それに河合氏がこたえるという形式だが、臨床心理学者として人々の物語に耳を傾けてきた河合氏の言葉に小川氏が耳を傾けている構図が面白い。特に河合隼雄氏からみれば、普段の役割とは逆の立場になっているとも言えるからだ。
そして同時に、これだけ河合氏からいろいろな話を引き出している小川氏もまた、やはり一流の物語の紡ぎ手なのだなあと、本書を通じて改めて感じた。物語を紡ぐにも、個人の中に眠る物語をうまく引き出して、きちんとした言葉にしなければならないからだ。
※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。