誤読と曲解の読書日記

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サスペンスと冒険、人として大切なことがいくつか/E・ケストナー(池田香代子訳)『エーミールと探偵たち』岩波少年文庫

サスペンスと冒険、人として大切なことがいくつか/E・ケストナー池田香代子訳)『エーミールと探偵たち』岩波少年文庫:目次

サスペンスと友情と冒険、そして機転と勇気

エーリヒ・ケストナー池田香代子訳)『エーミールと探偵たち』岩波少年文庫


『エーミールと探偵たち』は、ベルリンを舞台に、少年エーミールが友情を育みながら、お金を盗んだ犯人を追いかけてゆく、サスペンスと冒険に満ちた物語だ。

この物語の主人公、少年エーミールはたったひとりで、故郷の小さな田舎町から大都会ベルリンに住むおばあちゃんの家を訪れるために、駅から列車に乗って旅立つ。母親から預かった、おばあちゃんに渡すための大金を大事にしまって。しかし、ベルリンに向かう列車の中で眠り込んでしまったすきに、エーミールは母親から預かった大金を盗まれてしまうことから。この物語が動きはじめる。

はじめは誰もエーミールのことを知らない大都会にやってきた孤独と不安に胸が押しつぶされそうになるエーミールだったが、ひょんなことから知り合った友達と力を合わせて、お金を盗んだ犯人を追いかけてゆく。この友情と冒険の部分が、この物語の根幹をなす部分だ。そしてまた、冒険を通じた子どもたちの機転と勇気のあふれる物語とも言えるだろう。

本書を読むと、わたしたち大人にとってはありふれた、よく知っている場所、たとえば長距離列車の中や大都会の街並み、それに市電やタクシーに乗ることだって、子どもにとっては大冒険の舞台となることがわかる。「南の海とか人食い人種とか、サンゴ礁とか魔法」(本書p13)が出てくる冒険物語と変わらないほど、子どもにとって大都会は大冒険の舞台としてふさわしい場所なのだと発見するのである。

ここでは、大都会での冒険と友情については触れない。なぜなら、その部分はこれまで多くの人々が冒険と友情について書いたと思われるからだ。そのため、この記事では敢えて冒険と友情以外の部分に焦点を当てることにする。冒険や友情以外の部分にも、人間として大切な物事が、たくさんちりばめられているからである。
Historische Luftaufnahmen Berlin-Spree     Dom ,Lustgarten unz  1928


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

お金の価値を知っているエーミール

いよいよベルリンへ向かう列車へと乗り込んだエーミール。母さんから預かった大金をしっかりしまって、眠り込んでしまわないように気をつけていたが、あまりの退屈な長旅のせいで、いつしか眠り込んでしまう。そして、ふとした拍子に目覚め、大事にしまっておいたはずの大金がなくなっていることに気づく。

エーミールは泣き出してしまう。それというのも、エーミールの預かったお金は、母親が何か月もせっせと働いてつくったものだと、よくわかっていたからだ。「エーミールは、お金を思って泣いたのだ。母さんを思って泣いたのだ。これがわからないような人は、どんなにごりっぱな人でも、たいしたことはない」(本書p84)。

エーミールには父親がいなかったが、母親は手に職があった。美容師として働いているのだ。「自分たちが食べていくために、ガス代をはらい、石炭を買い、家賃をはらい、服を買い、本代をまかない、学校の月謝を収めるために」(本書p53)、エーミールの母親は「疲れも知らずにはたらいた」(本書p53)ことを、エーミールはよく知っていた。

そして同時に、そうしてこつこつためたお金に大きな価値があることを、エーミールは知っていた。「こつこつためた百四十マルクを、大金と思わないではいられない。百マルクを百万マルクとおなじぐらいの大金と思っている人は、たくさんいるのだ」(本書p53)と。

エーミールは働く母親を思いやる心やさしい少年である。そして働く母親が稼いだお金の価値を知っている少年でもある。お金の価値を知っている子どもは偉いなあと素直に感心する。大人だって、お金の価値を知らない人はいっぱいいるだろう。

そのことだけでも、エーミールはわたしたち大人よりも、はるかに大切なことがらをたくさん知っていると言える人物なのかもしれない。そう考えると、今、大人になったわたしたちの手元にあるお金が、にわかに尊いものに思えてくるだろう。

不安が膨らむたくさんの想像

エーミールは想像力が豊かな少年でもある。けれども、わたしたちが思い浮かべる”想像力豊かな少年”とはちょっと違った方向の想像を膨らませる。エーミールは、母親から預かったお金がなくなったことに気づいたあと、自分にとって都合の悪い方向へ進んでしまう想像を、次々に思い浮かべてしまうのだ。

大人になったわたしたちは、そんな子どもの想像を一笑に付すかもしれない。駅員に知らせたほうがいいんじゃないか、警察に通報するほうがいいんじゃないか、あるいは、母親やおばあさんに連絡したほうがいいはずだと、現実的ないくつかの対応を考える。もちろん、エーミールもそういった現実的な解決策を思い浮かべるが、そのたびに自分に都合の悪い想像を膨らませる。

たとえば、エーミールはこんな想像をする。客車についている非常用のひもを引っ張ったら、電車はすぐに停車して車掌が駆けつけてくれるだろう。でも、車掌から名前や家の住所までさんざん聞かれた挙句に、非常用のひもを引いたら、一回につき百マルクの請求書を家の送られることになってしまう、と。

前項でも書いたが、エーミールはお金の価値を知っている子どもだ。だから、百マルクもの大金を自分の不注意のせいで請求されるのはたまらない。もちろん、実際にそんなことになるのかはわからない。あくまでもエーミールの想像にすぎないのだけれども。

こんなふうに、エーミールの想像は心配と不安からくるものであるが、子どもは物事を悪い方向へと考えがちなものだということを、ここでは描いている。子どもらしい突拍子のない想像が膨らみ、自分で自分を追い詰めてしまう。それはわたしたちが子どもだった頃も、あるいはそうだったかのかもしれない。だからこそ、わたしたちはエーミールに同情し、手を差し伸べたいと思うし、物事が良い方向に転がるよう願うのだ。

さて、お金をなくしたエーミールは犯人の姿を見つけ、予定とは違う駅で列車を降りる。犯人を追いかけるために、不安からくる想像が背中を押したとも言えるだろう。もちろん、エーミールはいくつかの間違いを犯している。警察官や駅員にお金がなくなったことを届けなかったし、予定とは違った駅で降りてしまった。

果たしてわたしたちが子どもの頃、そこまでの行動に出ることができただろうか。エーミールがそこまでの行為に出ることができたのも、彼が母親思いの少年だからということもあるだろう。けれども、エーミールのそんな突飛な行動が、大冒険の扉を開くのだ。

おばあさんの演説

ベルリンを舞台にした大冒険が終わり、エーミールは無事におばあさんに会うことができる。お金を盗んだ犯人を捕まえ、高揚するエーミールをはじめとした探偵たちに向かって、おばあさんは「みなさんはうぬぼれちゃいけない」(本書p215)ことを話すのだ。

エーミールのお金を盗んだ犯人を捕まえるため、子どもたちは犯人を尾行し、ホテルの中をスパイした。そんなふうに自分も活躍したかったのに、いったん自分の役割を引き受けたため、この二日間ずっと家の中でじっとして、電話番をしていた子どもがいた。それは、ちびのディーンスタークのことだ。

おばあさんは、自分の義務が何かを知っていて、それをやり遂げた、ちびのディーンスタークのことを褒める。表舞台に立つことのない地味な役割でも、いったんその役割が与えられたなら、ちゃんと自分の義務は何かを理解して役割を果たすことが大切だと、おばあさんは演説する。

これは、子どもに限ったことだけではないとの、ケストナーのメッセージだとも捉えられるのではないだろうか。自分の義務や役割をきちんと把握し、目立たないところでも、それをやり遂げることの大切さを、エーミールのおばあさんの演説を通じてケストナーは訴えたのかもしれない。

そして同時に、表舞台で華々しい活躍をしない子どもでも、ちゃんと見守っている人が存在するのだと訴えているのだ。子どもたちの大冒険だけを描くのではなく、そういったことを描くからこそ、ここに描かれた大冒険は、ひときわ輝きを増し、大人になったわたしたちの胸にさわやかな読後感を与えてくれるのだろう。
Fancy fancy phone...

この物語について

『エーミールと探偵たち』は、エーリヒ・ケストナーが1928年に発表した物語。本書の「訳者あとがき」によると、大学を出たあとベルリンに住み、演劇評論を書き、詩集を発表したケストナー。そんな詩人ケストナーに、ある出版社の社長が若い人向けの読み物を書くように勧めた。それで発表されたのが、この物語。すなわち、ケストナー自身初めての児童文学作品となったそうだ。

参考リンク

1)岩波少年文庫/『エーミールと探偵たち』エーリヒ・ケストナー池田香代子
http://booklog.jp/item/1/4001140187

2)ブクログ/『エーミールと探偵たち』エーリヒ・ケストナー池田香代子
https://www.iwanami.co.jp/book/b269493.html

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『誤読と曲解の読書日記』管理人:のび
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