誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

悪も滅び、善も滅んだ/W・シェイクスピア(福田恆存訳)『ハムレット』新潮文庫

「善に対する悪の勝利」なのか

ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』は、善に対する悪の勝利を描いた悲劇とひとまず位置付けられている。デンマーク王のクローディアスは、兄の先王ハムレットを殺して、その地位を簒奪した人物。のみならず、先王の妃ガードルードまでをも自分の妃とした。先王の息子ハムレット(この物語の主人公で、先王と同じ名前)は、そのようなおじのクローディアスと自分の母親でもあるガードルードを激しく憎む。

ハムレットは気が狂った風に自らを装って復讐の機会をうかがうが、クローディアスはそんなハムレットが腹に一物持っているのではないかと疑いはじめ、ハムレットをイギリスへ送ったあとで暗殺をしようと企む……、というのがこの物語のあらすじだ。

けれども、この物語は本当に「善に対する悪の勝利」を描いたものなのか、個人的には少し釈然としない。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

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緩慢で漸進的で迂回的であっても/渡辺将人『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』岩波新書

暗澹とした気分にさせられる一冊

2016年のアメリカ大統領選挙の本選挙では、事前の大半の予想を覆し、共和党ドナルド・トランプ氏が勝利した。政治経験のないトランプ氏は、既存の政治勢力から見ればアウトサイダーであり、彼の大統領としての手腕に期待と不安が渦巻いている。

そんな中で手に取ったのが、渡辺将人著『アメリカ政治の壁−利益と理念の狭間で』岩波新書だ。本書は2016年8月に刊行されたので、トランプ氏が本選挙を勝利し、次期大統領に選ばれる以前に書かれた文章になる。

この本を読んでいるうちに、トランプ氏が大統領に選ばれたのも、半ば必然的なものだったのではないかという気分にさせられる。それは主に、トランプ氏の選挙戦略が、共和党民主党の中に存在する亀裂の間隙を縫ったものではないかと思えてくるからだ。

それだけ、アメリカ政治に存在する多種多様で複合的な亀裂−−本書ではそれを「アメリカ政治の壁」と読んでいる−−が深刻化しているのであり、その亀裂を修復、あるいは壁を克服することが、特に既存の政治勢力の側にとって相当に困難な状況にあることが理解できる。

本書はその「アメリカ政治の壁」をさまざまな角度から見ていくことによって、壁を克服するための方策を探る。しかし、本書で見ていくように、その壁の克服は相当な困難を伴うように見える。あくまでもアメリカ政治の現場の事などまったくわからない(知識として理解はできても、感覚や体験としてはまったく知らない)日本人のわたしたちからみると、暗澹とした気分にさせられるのも事実だ。
Old Glory In Distress

※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

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小説家の評伝がもっとあってもいい/2016年11月のまとめ

小説家の評伝がもっとあってもいい

岩波新書から出た『夏目漱石』(十川信介著)を買いました。まだ途中までしか読んでいませんが、夏目漱石の生涯をたどりながら、漱石の書いた小説の背景などを探る評伝です。

このような新書形式の小説家の評伝、もっとあってもいいなあと思います。もっとも岩波新書からは、正岡子規森鴎外太宰治など、近代文学者の評伝がすでに出されています。ただ、岩波文庫から出ている小説の数から言えば、このような小説家の評伝がもっとあってもいいのかなと思ったところです。

評伝とは、わたしの理解するところでは、小説家の生涯をたどりながら、ひとつひとつの作品を書いた当時の個人的社会的背景、その作品の小説家個人にとっての評価や時代的な位置付けを俯瞰できるような本と考えています。それは作品世界をより知るための手がかりとして、場合によっては小説作品そのものと同じくらいに、必要な人にとっては必要なものではないでしょうか。評伝を求めている人って、けっこういるような気もするのですが。

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善い行いが光を与える/W・シェイクスピア(福田恆存訳)『ヴェニスの商人』新潮文庫

今も色あせない『ヴェニスの商人

ウィリアム・シェイクスピアの『ヴェニスの商人』を、最近読み直した。たしかに面白い。先のストーリーが気になってページを早くめくりたくなる、というタイプの面白さがある。それに加え、善なるものや寛容を求める姿勢と、友人や夫婦といった親しい人を信頼する姿勢が、この物語を単なる面白いだけの物語にとどめることなく、一段と深みを持たせたものにしている。

簡単なあらすじを書くと、この物語はヴェニスの商人アントーニオーが友人のバサーニオーのため、自分の身体の肉1ポンドを担保に、金貸しのユダヤ人シャイロックから借金をすることがメインのストーリーとなっている。

そのメインストーリーに、ベルモントの貴婦人ポーシャの婚約者を決める三つの箱選びの話や、シャイロックの娘ジェシカの駆け落ちの話、さらには女性たちが夫の愛を試すために巻き起こす、指輪紛失のひと騒動の話が絡み合う。

ヴェニスの商人』は今から400年以上も昔に書かれたものだが、今もなお読み継がれ、劇場で上演されるのは、痛快な喜劇であることと、そこに描かれた人間の振る舞いから読み取れるものが、今もなお通用するからだろう。

この『ヴェニスの商人』から読み取れるものは次の二点だ。まず、深く抱いた復讐心が自らの身を滅ぼしてしまうということ。次に、慈悲とよい行いは人間の運命を良き方向に向けるものであるということ。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

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今年のノーベル文学賞/2016年10月のまとめ

ボブ・ディランに2016年のノーベル文学賞

先日、今年のノーベル文学賞が発表になりました。ご存知のとおり、ボブ・ディランが受賞しました。

ボブ・ディランさんにノーベル文学賞 音楽家・作詞家:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJBF5VGVJBFUCLV01H.html

この記事によると、アメリカ人のノーベル文学賞受賞者は1993年のトニ・モリスン以来、11人目だということです。

ノーベル文学賞にミュージシャン?」と、お思いの方もいると思いますが、ノーベル文学賞は小説だけではなく、戯曲(例:ジョージ・バーナードショーなど)や哲学(例:バートランド・ラッセルなど)や伝記(例:ウィンストン・チャーチル)、そして詩(例:パブロ・ネルーダなど)にいたるまで、執筆に関わる幅広い分野を対象にしているので、個人的にはさほど違和感は抱きませんでいた。

だから、ボブ・ディランも詩人のひとりとして、充分ノーベル文学賞を受賞するにふさわしいのではないでしょうか。

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