読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

新書用のブックカバーを作りました/無印良品 自分で折るブックカバー

新書用のブックカバーを作りました/無印良品 自分で折るブックカバー:目次

  • 「自分で折るブックカバー」
  • さっそく作ってみる
  • 「自分で折るブックカバー」完成
  • 参考リンク

「自分で折るブックカバー」

昨日、無印良品に出かけたら「自分で折るブックカバー」というものを見つけました。

ちょうど、新書の大きさのブックカバーを探していたところだったので、「そういえば、無印良品といえば、ジーンズラベル素材のブックカバーがあったぞ」と思い出して、それらしき棚へ行ったところ、この「自分で折るブックカバー」を見つけたのです。

もちろん、新書サイズのジーンズラベル素材のブックカバーも置いてあったのですが、こちらの方を試してみようということにしました。


続きを読む

誰かが誰かを思いやり、時に心を傷ませながらも、信頼する誰かのために動き回る/E・ケストナー(池田香代子訳)『飛ぶ教室』岩波少年文庫

誰かが誰かを思いやり、時に心を傷ませながらも、信頼する誰かのために動き回る/E・ケストナー池田香代子訳)『飛ぶ教室岩波少年文庫:目次

  • ギムナジウムの生徒たちに、かつて子どもだったわたしたちを重ねる
  • マルティンの抱えているもの
  • 孤独のままに生きるより、誰かのために生きた方がいい
  • 誰かが誰かを思いやり、時に心を傷ませながらも、信頼する誰かのために動き回る
  • この物語について
  • 参考リンク

ギムナジウムの生徒たちに、かつて子どもだったわたしたちを重ねる

エーリヒ・ケストナー池田香代子訳)『飛ぶ教室岩波少年文庫

エーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』は、ドイツのギムナジウムを舞台にした児童文学。クリスマスの前後で繰り広げられるギムナジウムの生徒たちの成長を描く物語だ。本書のタイトルにもなっている「飛ぶ教室」とは、クリスマスに上演されるギムナジウムの生徒たちによる演劇のタイトルでもある。

飛ぶ教室』は児童文学なので、対象となる読者の年齢は10代前半あたりになるだろう。実際に、この岩波少年文庫版のカバーの裏表紙には、読者の対象として「小学4・5年以上」とある。しかし、大人になってしまったわたしたち、かつて子どもだったわたしたちが読み返しても、心を揺さぶられる。それはギムナジウムの生徒たちに、かつて子どもだったわたしたちを重ね、愛おしさと切なさを感じるからだ。

※この物語の舞台となっている「ギムナジウム」とは、10歳から18歳くらいまでの男の子たちが入る寄宿学校のこと。子どもたちは、この寄宿学校で仲間たちと寝食をともにし、勉学に励むようだ。

飛ぶ教室』を通じて描かれるのは、「勇気ある者と臆病な者の、かしこい者とおろかな者の物語になる予定だ」(本書p26)と、「まえがき」にある作者ケストナーの語りが予告してある。これはその直前の部分で作者ケストナーが語った、「かしこさをともなわない勇気」と「勇気をともなわないかしこさ」についての話とつながっているのだろう。

その一節は次のように語られている。「かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし、勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ! 世界の歴史には、かしこくない人びとが勇気をもち、かしこい人びとが臆病だった時代がいくらでもあった。これは正しいことではなかった」(本書p25)。

この物語の登場人物たちの多くは、臆病さ、愚かさ、かしこさをともなわない勇気、勇気をともなわないかしこさを抱えている。それらは登場人物たちの欠点であり、弱点だ。『飛ぶ教室』の登場人物たちは、物語を通じて、自らが抱える欠点や弱点を克服し、成長してゆく。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

続きを読む

理想的な自己紹介を考える/今週のお題:自己紹介

理想的な自己紹介/今週のお題「自己紹介」:目次

  • 自己紹介は忘れ去られてしまうもの
  • 印象に残った自己紹介
  • 理想的な自己紹介のポイント
  • 改めて自己紹介

※この記事は、はてなブログの「今週のお題」に参加するものです。

自己紹介は忘れ去られてしまうもの

春は自己紹介の季節ですね。学校や職場のあちこちで自己紹介が繰り広げられる季節です。そこでひとつ気づいたのが、自分が自己紹介をする機会よりも、他の誰かの自己紹介を聞く機会の方が圧倒的に多い。

しかしながら、他の誰かの自己紹介がわたしたちの印象に残るものであったかと聞かれると、必ずしもそんなことはないわけです。むしろ、他の誰かの自己紹介が、そのあともずっと印象に残るなんてことはどれくらいあるだろうか。そんな疑問をふと思ったわけです。

たとえば、学校や職場で親しくなったあの人は、最初にどんな自己紹介をしてたっけ、なんてわざわざ思い返すこともない。わたしたちにとって自己紹介はありふれた光景でもありますが、そのわりには実は他の誰かの自己紹介が深く印象に残るなんてこともないわけです。多くの人々にとって、そしてわたしにとって、誰かの自己紹介の言葉は、あっという間に忘却の彼方に消えてしまうものなのでしょう。

そのことに気づいたあと、いざ自分が人前で自己紹介をするときも、わりと自己紹介を気楽に考えることができるようになりました。多くの人々は自己紹介をするとなると、ある程度緊張するものなのかもしれませんが、「自分以外の他の誰かの自己紹介の言葉など、人々は簡単に忘れてしまう」と考えると気が楽になり、わりと緊張感も薄れます。

続きを読む

なぜか栞をよく失くすので、手作りしてみました

なぜか栞をよく失くすので、手作りしてみました:目次

  • なぜか栞をよく失くす
  • 栞を手作りすることに

なぜか栞をよく失くす

ここでの「栞」とは、自分で買った市販の栞。書店でもらったり、はじめから本に挟まっている出版社の栞ではない。
いつも失くすのは、せっかく買った市販の栞の方で、書店や出版社のタダでもらえる栞の方は、失くすことがあまりない。なぜなのだろう。

そこで、twitterで見かけた手作りの栞の作り方にならって、自分でも手作り栞を作ってみた。
tweet本文にあるように、封筒の角を利用して作る、三角帽子のような形をした栞。
しかし、これもいつのまにか、わたしの元から消え去っていた。

続きを読む

ユーモアの中にある、人々の墓標を眺めるような物悲しさ/W・アーヴィング(齊藤昇訳)『ブレイスブリッジ邸』岩波文庫

ユーモアの中にある、人々の墓標を眺めるような物悲しさ/W・アーヴィング(齊藤昇訳)『ブレイスブリッジ邸』岩波文庫:目次

  • 行間から滲み出る登場人物たちの心の機微
  • ユーモアの中に人生に対する寂寥感や諦観が顔を出す
  • それほど洗練されていない、素朴な味わい
  • 参考リンク

行間から滲み出る登場人物たちの心の機微

本書のタイトルにもなっている「ブレイスブリッジ邸」とは、この物語の舞台となった「英国ヨークシャーの人里離れた美しい一角に佇む荘園風の邸宅」(本書p14)を指す。

本書『ブレイスブリッジ邸』は、ブレイスブリッジ邸で行われる婚儀に招かれた、語り手でもあるクレヨンの目を通して、地主一家や使用人たち、村の人々、その屋敷や村で起こった出来事が、ユーモアを交えて描かれる物語だ。

語り手のクレヨンは、この屋敷に滞在しているあいだ、「間近で展開するいろんな出来事や人物を折にふれてスケッチ風に活写しよう」(本書p16)と意気込むが、これから始まる物語の内容を、何か厄介ごとや面倒な出来事が起こる気配などなく、静音で単調な内容になるだろうと予言している。

「おそらく私の書くこの本は規則正しく寝たり起きたり、あるいは食べたり飲んだりする単調な内容に終始することになるだろう」(本書p16)、「私がこの邸宅に滞在する間じゅうに、ただの一度たりとも、予期せぬ突発的な出来事が起こるとは思えないのだ」(本書p16)と。

物語はこの一家次男と婚約者の婚儀に向かっていく。そこでは当然、何も起こらないはずはない。物語を通じて、語り手クレヨンの筆致は静穏で抑制的だが、そこに描かれた出来事や人々の心の機微は、平穏でも抑制的でもない。厄介ごとや面倒ごとは立て続けに起こり、賑やさと騒々しさが物語に満ちる。

だから、わたしたち読み手は、語り手クレヨンの行間から滲み出る登場人物たちの心の機微に思いをめぐらせ、そしてまた語り手クレヨンをも含めた登場人物たちの心の動揺、隠された感情や意図を想像しながら、ページをめくることになるのだ。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

続きを読む