誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

中世の王侯貴族と我々は、ある意味で地続きなのだ〜『お菓子でたどるフランス史』

池上俊一著『お菓子でたどるフランス史』岩波ジュニア新書。

フランスのことなど何も知らないなと思い、まず手始めに読み始めたのが本書。
単に政治や経済の移り変わりをたどるだけでは味気ないので、歴史を「お菓子」という軸から眺めると、違った見方もできるだろうという目論見である。読み始めてみると、これがなかなか面白い。

学校で習う世界史を思い出してみる。そこで習う中世ヨーロッパの政治は、さまざまな王朝や貴族の関係が複雑に絡み合い、さらに戦争や和睦が繰り返され、年号や戦争の名前、王侯貴族や文化人の名前を頭に押し込むだけで一苦労だ。覚えるべき情報ばかりは多いが、ひたすら覚えることが多くて、無味乾燥だという印象を持つ。

本書ではそんなヨーロッパの歴史に、お菓子の発展や伝播を絡めている(というより、こちらが本書の本筋であるが)ので、歴史が彩りを持って立ち上がる。


中世のヨーロッパでは、各国が外交策の一環として王朝や貴族、有力者との間で婚姻関係を結んだ。王侯貴族や有力な商人などの婚姻は、中世ヨーロッパの外交策のひとつでもある。その婚姻がヨーロッパ各地からフランスにさまざまなお菓子をもたらしたことが本書で示される。

たとえば、ヴァロワ朝のフランス国王アンリ2世と結婚した、イタリアのメディチ家出身のカトリーヌ・ド・メディシス

婚姻の際に彼女はイタリアから料理人やお菓子の職人も一緒にフランスへと連れてきた。当時、フランスよりもイタリアの方がお菓子づくりが進んでいたからだ。そのとき、イタリアからマカロンやアイスクリーム(シャーベット)もまた一緒に、フランスに伝わったという。

それから約100年後、今度はルイ15世の妹とイギリス国王チャールズ1世の婚姻がきっかけとなって、今度はフランスからイギリスへとアイスクリーム(シャーベット)が伝えられたという。

現在の我々が目にするようなお菓子もまた、中世ヨーロッパの政治や外交が生み出したと言っても過言ではないことが、本書では豊富な例をあげて紹介されている。教科書に出てくる王侯貴族や政治家も、みんなお菓子を食べていた。もちろんそれは政治的外交的な目的もあるのだが、ここまでお菓子が重視されると、お菓子そのものを大いに楽しみ、味わっていたのだろう。

現代の日本に生きる我々は、中世ヨーロッパの王侯貴族や政治家たちが口にしたお菓子も味わう。そういった意味で、我々は中世の王侯貴族と地続きでもあると言えるだろう。

本書では古代から中世、フランス革命前後を通過し、近代そして現代までのフランスの通史を「お菓子」という軸を使って眺める。そうすることで、ともすれば無味乾燥となりがちな歴史を、彩りを持ったあざやかな物語として立ち上がらせている。フランスという国を知るための、味わい深い一冊である。


ところで、ツイッターには時たま、イギリス料理として奇怪な見た目の料理画像が流れてくることがある。また、ことあるごとにイギリス料理はまずいという主張(というか意見というか感想というか)も流れてくる。

なんでイギリス料理はネタになるほどまずいのか。その疑問に対するひとつのヒントが本書に書いてあった。それは、イギリス(イングランド)がプロテスタントの国だから、ということが原因としてあるらしい。

フランスやイタリア、スペインなどのカトリックの国では、おいしい食べ物やお菓子への愛が、キリスト教文明の善き作法、趣味の良さとして許容されたが、一方でイングランドやドイツなどのプロテスタントの国では、料理や食べ物は飢えを鎮めるためにあり、食欲をかきたてることは好ましくないとされたという。

それで、イギリスでは料理に華やかさや美味しさを、それほどまでに追求しなかったというわけだ。

本当かなあとも思うが、まあ当たらずとも遠からずのような気もしないでもない。ひとつの仮説として、あるいは話のタネとして、興味深い考察ではある。


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