読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

誤読と曲解の読書日記

読書の感想を書く日記です。あと、文具についても時々。

本は自分仕様にカスタマイズすればいいと思う

読書

よく言われることだが、読書の魅力のひとつに、時代も国も立場も、そしてものの見方も考え方も異なる人々の世界を疑似体験することができる、ということが挙げられる。

自分自身の経験や想像力は、ひどく限られたごく狭い範囲のものでしかない。自分が体験できることなど、世界中に満ちあふれる森羅万象に比べれば、ごくわずかな出来事にすぎない。

だからこそ、我々は本の中で、時代や国や立場、ものの見方も考え方も異なる人々の世界を疑似体験できて、それが自分の経験の補足や想像力を養う基礎的な力になる、というわけだ。

もっと積極的に本に関わりたい

読書をするという行為は能動的な行為なので、読書をすることで確かに、知識をはじめとして、経験の補足や想像力を養う基礎的な力はある程度、自分の中に根付くとは思う。その意味ではやはり、本を読まないよりは何か文字や文章を少しでも読んだ方がずっといい。

しかし、せっかく縁があって出会った本なのだから、もっと積極的に本に関わりたい。

もっと言えば、文章を右から左へ受け流すだけの読書より、さらに一歩進んだ読書をしたい。

そのためには、文章をひたすら追っていくだけに留まらず(文章や展開を追うといったことも、読書の楽しみのひとつではありますけれども)、文章と自分をもっと深く関わらせていくことが必要となる。

情報を「立体的」に見るために

そのための方法のひとつとして、わたしが実行しているのが、3色ボールペンの活用だ。

この3色ボールペンの活用については以前にも書いたので、ここでは簡単な説明にとどめるが、赤色を外してはいけない重要なところ、青色をまあ大事だと思うところ、緑色を個人的に面白いと思ったところに傍線を引き、枠で囲み、印を付ける、というふうに使う。

そのように赤青緑のボールペンを使うと、黒い文字だけが並ぶ本のページがカラフルで賑やかになり、同時にページに書いてある情報が「立体的」に見える。

情報が「立体的」に見える、というのは、文章の構造から、文章に書かれてあることの構図や問題点、解決方法、作者や登場人物の主張や行動、主張の根拠や反論や例示、そして自分の疑問点などといったことを、赤青緑の3色を用いることで、ビジュアルとしてパッと目で一覧的に眺めることができるということである。

本を自分仕様にカスタマイズする

読書は、自ら活字を読んで意味をとらえなければならないので、それ自体が能動的な行為だ。

それならばさらに、自分の手に3色ボールペンを持って、本を自分仕様にカスタマイズしながら読書に臨むと、目の前の文章によりいっそう深く、自分を関わらせることができるのだとわたしは思う。

そうすることで、たとえば小説なら、その本を後で読み返した時、「この部分の登場人物の行動に疑問を覚えたが、今ならこのように解釈できる」とか、「この部分とこの部分が実はつながっていた」、「あの場面のこの人物の言葉は、こんな意味を持っていた」というようなことを再発見することもできる。

これは小説のみならず、人文系の本や新聞や雑誌など、文章が書いてあるものならば、ほぼすべての本に幅広く応用が利くといってもよいだろう。

そのように、自費で購入した本は、自分が理解しやすいように、ある意味で自分仕様にカスタマイズしているとも言えるくらいに活用している。むしろ、自分の本なのだから、自分が理解しやすいよう、自分仕様にカスタマイズしないことには、「この本を読んだ」という感覚にならないと言ってもよいだろう。

本と深く濃密に関わる

ただ当たり前だが、このような方法がとれるのは「自費で購入した本」に限られる。図書館や友人知人から借りた本を、そのようにカスタマイズすることはできない。そういうときは、よほど必要な時に、当該のページをコピーして、それに赤青緑で書き込む、ということにしている(しかしさすがにそういうのは、めったにないけど)。

せっかく縁あって手に取った本なのだから、そのように自分に深く濃密に関わらないともったいない。そして深く濃密に関わった分、その本を読む前後で、自分が少しでも変わった、世界の見方が変わったという実感を得ることができれば、これ以上の読書の喜びはないと思うのだが、どうだろう。

twitterのアカウントは、nobitter73です。